裁判で白黒つけようではないか。
手元の資料には明朝体の小さな数字が羅列されていた。
昼間なのに鈴虫が鳴いているような、ジジジ、という音が頭の中に響いた。頭痛がする。
外は雨が止み、静かだった。
クーラーは付いておらず、ダクトから送り出される風が、じっとりした部屋の中の空気を幾分か和らげていたが、
手の平には汗が滲んでいた。
高い。
恐ろしいほどに高い。
思考はそれのみに支配された。言葉は失われた。
火災保険料の見積もりである。
家も高えが火災保険も高え。
この家は一般木造住宅のため、保険会社に燃えやすいと判断されるのだ。
人の家を燃えやすいって何だ、失礼な。
目は手元の資料の金額を追いながら、意識はどこか遠いところにある。
頭に裁判の様子が浮かんだ。
原告である私の、原告代理人である私が声を張り上げている。
被告は工務店の営業担当である。
裁判長!被告は固定資産税が安くなることは何度も原告に伝えていましたが火災保険料の高さには触れず、見積もりにさらっと記載したのみでした!しかも他社の見積には火災保険料5年一括の金額が表示されているのに対し、一年分の金額のみで、しかも昨今ほとんどの他社が採用する耐火構造である場合その5年分の金額がほぼ一年分に相当するものであります!!客がこれを見て勘違いすることは当然のことであり、これは被告がその高額さを隠蔽しようとしたと言って過言ではありません!!
被告の弁護士である私
異議あり!被告の仕事は営業であり、自社のデメリットをメリットよりも声高く主張することは職務上ためらわれるものであり、メリットを強く訴求することは何らおかしいことではなく職務上の基本的なテクニックであります!
また故意に隠蔽しようとした事実はなく、見積書にははっきりと記載があり、原告からの質問にも事実通り解答しております!原告は最初からそれをを理解した上で契約しており、責められる謂れはないのであります!!
裁判長の私
原告代理人、火災保険料がいくらになるかは原告は理解して契約した、それは事実でしょうか?
原告代理人の私
理解していたが固定資産税の安さを主張され、組み合わせればトータルでは他社と変わらないような印象を受け取ったのです。
原告は計算が苦手なのです、裁判長!
被告の弁護士の私
異議あり!トータルで変わらないという説明をした事実はありません!
今手元にある火災保険の見積もり金額は契約時点の見積もりとほぼ同じであります!
被告はおおよその固定資産税も原告に以前伝えており、原告は具体的に比較検討ができる環境にいた。にもかかわらず原告はそれを怠った。被告に責任は一切ありません!!
原告の私
(しくしく泣く)
裁判長の私
原告代理人、何か反論がありますか
原告代理人の私
…ありません。
裁判長の私
判決を言い渡します。
主文 被告人は無罪。
完敗。
つべこべ言わずに払おう、火災保険料。
裁判が脳内再生されたのは、今古畑任三郎がTVerで配信されていて、シーズン2の御清水弁護士(明石家さんま)回を見たせい。
オシャマンベ!!
古畑任三郎シリーズ、オススメです!!!
畳に惑わされるな
「17畳くらいですね」
男は確かにそう言った。ためらう素振りはなかった。
床上コンセントの形状を説明する時と変わらない、淡々とした口調だった。
LDKが17畳。狭小住宅ではありがちなサイズだろう。なんとなく想像ができる。キッチン3.5畳〜4畳、ダイニング4.5畳〜5畳、リビング8畳。ダイニングテーブルやソファを置いて、
広くはないが、狭くもない。四人暮らしくらいなら、なかなか丁度良いサイズだ。たまにお客さんを呼んでもいい。
インスタでも調べた。ハッシュタグ16畳LDK。LDKの見え方。広く見える方法。横長の空間か、それとも真四角に近いのか。窓の配置。壁の使い方。階段は外なのか、中なのか。
シュミレーションはしていた。
そう、17畳のLDKは、やっぱりか、とがっかりはするかもしれないが、納得できるサイズだろう。
ただここで問題なのは、彼が言ったのはLDKのサイズではないということだ。では何なのか。
一階全体のサイズである。
………え、怖い。
怖い怖い怖い怖い。
え、ホラー?
こういう、怖い話ありますよね?途中までは全然怖くない、何が怖いの?って思って聞いてるんだけど、あとからよくよく考えると思ってたのと違ってゾゾ〜ってする話。
ほら雪山の山荘で凍死しないように四人が部屋の四隅から一人ずつ前の人の肩叩いてずっとぐるぐるしてたんだけどよく考えたら5人いないと出来なくない?こっっっっわ!っていうあれに似た怖さ。
ゾゾ〜ってしました。
え、一階17畳てマ?サブイボたったんだけど。17畳ってLDKの最小単位じゃない?戸建の一階の面積の話ですよね?
一階にトイレも階段も玄関もあるんですけど…
「9畳くらいですね。」
男は言った。
ためらう素振りはなかった。
いや、男って現場監督のことなんですけど。
監督ゥーーーー!!!!!
別に監督は間取り決めてないから関係ないんだけども。
嘘だろ…
9畳LDKって聞いたことないです。ハッシュタグ9畳LDKたぶんヒットしないです。
いや、坪数はね、わかってたんです。
延床は図面に書いてあるんで、まあ2で割って、まあ小さいよねって思ってたんですよ。
じゃあなんで今まで畳換算しなかったのか。
なんか、家のサイズの数え方が日本と違うんですわ。
910*1820の畳が何枚入るかって数え方ができないんですよね。
そんで部屋の広さを畳の枚数で感じるのって私の中で恐らく遺伝子レベルで組み込まれてるので、無意識に数値化を避けてたんじゃないかなって思うんです。
畳で換算してしまうと、今まで住んだ部屋や、実家や、他人の家と比較が簡単にできて、その小ささにショックが大きいんじゃないだろうかと、薄々気づいていた気がするんです。だから今まで電卓をたたかなかった。一畳=0.6平米まで調べて、そのままにしていた。
畳の枚数でこの家を換算するのって野暮だよね、ナンセンスだよね、そう思うようにして、敢えて畳の存在を心から消してた。
井草って除湿効果もあっていいけど、サイズの換算は畳じゃないよねって。今は世界に目を向けなきゃいけない時代だし、やっぱり平方メートルのまま感じるべきだよねって。
それで、目の前の現実をうやむやにしようとしてた。
そして今畳が何枚置けるのかという事実を突きつけられ、思った。
一階が17畳。大変狭い。LDKが9畳。意味わからん。
Lだけ数えたら3.5畳もない。どうしてこうなった。
だけど、このスペースが何畳だから狭い広いというのは、何畳のリビング=狭い、何畳の子供部屋=狭い、という固定概念があるからで、壁がなく、空間を仕切れないうちにはあんまり関係ないなと。
いや、まあコンパクトなんだけど。
コンパクト中のコンパクトではあるんだけど。痩せ我慢っぽくなっちゃったんだけど。
いやいやいや、でもちょっと待って。蒸し返していい?
できれば、家でワークショップとかしたかったなって…
16畳LDKだったら叶ったかなって、思っちゃうなーーー
お客さん呼ぶ話してなかったかなーーー
テーブルこれ以上でかいの置けなくない?
3人暮らしでギリじゃない?
まー集えない。集えないよねぇ…
サイズが心配になってる方。空間の感じ方は通常の畳ベースでは測りきれないものがあります。とにかく窓がでけぇ。外の景色と繋がってるので、窮屈さって点では畳ベースで想像するよりはずっと無いはず。
だけど畳何枚くらいは必要という床面積がはっきりしているなら、逆に畳を平米数に換算して、きちんと伝えとくのがおススメ!!!
ドライブ・マイ・カー 感想
日本アカデミー賞の受賞インタビューで、西島秀俊氏が「日本映画に身を捧げたい」と話しているのを見た。
そうだこの人は映画の人だったし、今でもそう思っているのか、とハッとして、急に映画館に足を運びたくなった。(私は西島氏が単館系映画に出続けている頃〜ハードボイルドイケメン俳優としてお茶の間の人気者になるまでファンだった。)
9時からの回が1回だけ。客入りは6組くらいでまばら。興味ある人はもう見てるだろうし、地方のシネコンだし、こんなものだよなという印象。
映画の感想(ネタバレあり)
ずっと静かに淡々と進む中で、それぞれの人の、少しの落胆や悲しみや怒りや困惑はわかって、いつそれが爆発してしまうのか緊張感があった。
音が語るお話は、生々しく想像が出来るのに、語り方のせいなのか白昼夢みたいでとても奇妙な感じ。事の後にいつも話し出すのは、後ろ暗い行為に紐づけてしまっていたからなのか、
家福が気付いていることを分かっていて、責められるのを望んでいたことはそうだろうなと思う
北海道まで行くとか言い出すの、広島から二日で足りる?ってびっくりするし、みさきの生い立ちや母にまつわる話はあり得なそうな新事実が小出しで追加されてってこれもびっくりするんだけど、結果的に、北海道に行かないと進めなかった。
自分の一番近しい人を、自分のせいで失った(と思ってる)二人が、慰め合うのではなくて、見ようとしてこなかった自分にそれぞれ向き合ったことで、前を向けてよかった。
二人が雪の中で真っ直ぐ向き合いながら、失った人を思う時には複雑な気持ちが伴うけれど、好きだ、この気持ちはシンプルにある、とはっきり口にすることで新しい感情が溢れていく様子が、印象的で、感動的だった。
高槻について。岡田将生・・・岡田将生のあのシーンを見たいが為にもう一度見たいくらい、なんだろうあれ、すごかったな・・
あの、涙がこぼれ落ちそうで落ちない、視点は一点なのに空を見ているような目。
日本アカデミー賞の西島さんのインタビューの中で、一番先に名前を上げたのが岡田くんだった。その時の声に、結構力が入ってるなという印象だったけど、この演技の凄さを見たら、そしてこの賞では岡田将生がノミネートされていなかったことを思えば、力強く名前を呼びたくもなるわ・・と納得しました。
高槻は自制心がなくて暴力を働いた瞬間は偶然だったかもしれないが、警察が来ても狼狽えるそぶりもなかったのが不思議だった。
家福の舞台を降りること、舞台に穴が開くこと、家福がワーニャにならざるを得ないこと、全てを望んでいたのかなと思ったけどどうなんだろう、掴めない。
舞台の最後、手話で話すところはこの映画の全て言いたいことが詰まってそうだったけど手話を見る西島秀俊の目の演技すごいなとか思いながら見てしまったせいでよく意味が入ってこなかったのでもう一回見たい。
最後のシーンは、唐突でここもびっくりしたけど、全く新しい人生を、静かに、でも堂々と、相棒の車と犬と、歩んでいることが分かってジーンとした。(家福が車を手放したことも。)ここも、激しい動きも表情もないけど、継続してある静かで淡々とした映像の中に少しの希望と優しい感情が受け取れて、最初から感じていた緊張感が解けるようだった。
撮影映像は、どのシーンも景色と色合いが素敵だった。海も橋も夜景も、綺麗で気持ちよかった。
西島さんのことを気になりだして本格的に推していた(当時は推しという言葉はなかったけど)のは、そういえばトニー滝谷からだったなと思い返して懐かしくなった。
トニー滝谷も村上春樹原作。あの静かで抑揚のない声は、村上春樹との親和性が抜群なのかもしれない。
日本で一番権威のある賞みたいにされている日本アカデミー賞は、基本大衆映画しか相手にしないし、邦画で良作だったとしても話題性や大きなプロモーションがなければ目もくれない印象。今回だって海外の評価がなければ最優秀にはなっていなかったのでは・・と思う。(でも元々そういう賞だとわかっているし映画としての価値は何も変わらない)
すごく偏りがある賞のように私は思うけど、テレビから離れて、映画にコツコツ出て、またテレビで活躍して、今この賞を取ったことは、西島さんにとってやはり感慨深いことなのではないかと、勝手に思って、胸がいっぱいになった。
思い出したので追記
インファナルアフェア日本版みたいなドラマに西島さんが出ていた時、息を吸うようにタバコを吸うような役だったんだけど毎回吹かして吸っていて、絶対に肺に入れるものかという強い意志を感じていたんだけど、今回はふつーに深く吸っていたので驚いた。すごく注目して見たので間違いないと思う。
この映画にとって大事なアイテムだったのは間違いないのだけど(サンルーフから二人で灰を飛ばすシーンはキャッチーでとても素敵だった)
確かに吹かしていると気になっちゃうんだけどだからって体に害があるものを演技のために受け入れないといけないのはしんどいよね・・ちゃんと肺まで吸い込んでいてすごい・・という私の雑念がものすごく邪魔だったな。静かな映画には自分自身の雑念との戦いがある。